私のあがり症克服記|9年間悩んだ私があがり症を克服するまで
私のあがり症克服記

自分がひどいあがり症だと分かってから、試行錯誤を繰り返しながら治すのに結局9年かかりました。
あがり症発覚から完治に至るまでを書いてみたので、参考にしてくださいね。
【第1章:暗闇の4年間】大好きな音楽が「恐怖」に変わった日

2004年
ひょんなことからクラシックギターを習うことになりました。子どもの頃に音楽を習った訳でもなく、楽譜も読めない、テンポも理解していないというひどい有様からのスタートでした。
クラシックギターを習い始めて初年度の発表会は、「ちょうちょ」を無難に弾き終えました。
2005年
ところが、翌年の2回目の発表会では、ついうっかりと「上手く弾けなかったら、どうしよう?」という恐怖が本番前に顔をのぞかせました。
そして、ギターをかまえていざ弾こうとしたら・・・突然指がブルブル震えてしまい、私は最後まで1曲もまともに弾けなかったのです。あまりのみじめさと恥ずかしさで、そのままギターを置いて会場から逃げ出したい思いに駆られました。
それから毎年、クラシックギターの発表会はあがり症のせいで散々な結果に終わりました。
2008年
声楽に転向するも、あがり症は良くなるどころか悪化の一途をたどります。
歌っている間、両手足がガクガクブルブル震え、頭は真っ白、声はうわずってかすれ声、低音域ではガラガラ声・・・という発声時頸部ジストニアの症状にも悩まされるように。
本番の1週間前からは、理由が分からない不安や恐怖にも悩まされました。本番が近づくにつれ、不安や恐怖はどんどん高まり、ついに当日、クライマックスを迎えます。
本番では、「あんなに毎日練習したのに・・・」と、見事玉砕。
「いったい、私はお金と時間をかけて何のために声楽を習っているんだろう?」ーそんな、虚しい自問自答の日々を過ごしていました。
あがり症とは無縁の、涼しい顔をして歌う同じ教室の仲間たちを見て、「なんで、私だけがこんな目に遭わなきゃいけないの?」という、嫉妬と羨望の入り混じった複雑な感情を抱いていました。
私は、こんな虚しい日々を4年も繰り返していたのです。
【第2章:転機】「根性論」を捨て、心理療法と出会う
2009年
「あがるのは、人前で歌うことに慣れていないからだ。場数を踏めばあがらなくなるだろう」と考え、せっせと場数を踏むことに。年1回の発表会、年2回のミニ発表会、コンクール、素人でも参加できるライブなど・・・
ところが、場数を踏めばあがり症が良くなるどころか、さらに悪化の一途をたどりました。
最終的には、ステージ上で失神しそうなほどの緊張に追い込まれたのです。
場数を踏むこと4年目にして、ついに「場数を踏むことはあがり症に対して何の役にも立たない。それどころか、悪化するだけだ」という驚愕の事実に気が付き、その場で崩れ落ちそうになりました。
2010年
どん底まで打ちのめされたおかげで、私の中にある「決意」がムクムクと目覚めました。
「こうなったら、自分でなんとかしよう!」
その思いに憑りつかれた私は、まずは手当たり次第にあがり症克服に役立ちそうな文献を片っ端から読み漁ることにしました。
心理学、カウンセリングのテキスト、脳神経科学、学術論文、素人向けの脳科学の本、医大生のテキスト用の脳科学の本など・・・
とにかく、関係がありそうなものなら、なんでも貪欲に読みこなす日々を過ごしました。
そしてあるとき、私のあがり症の原因を説明してくれる文章を見つけました。
それは、「脳の中にある『扁桃体』という神経集合体が、過去の状況と現在の状況を照らし合わせる。『危険だ』と判断すると、身体に「闘争か逃走」のためにストレスホルモンを分泌させる。指令を受け取った身体はストレスホルモンを分泌させ、交感神経が優位になって身体をつくりかえる」という一文でした。
この、「身体をつくりかえる」のが、まさにあがり症の諸症状・・・大量の汗、手足の震え、激しい動悸などと一致していたのです。
「ということは、私の『扁桃体』は過去の状況と照らし合わせて発表会を『危険だ』と判断していることになる」「それなら、あがり症を克服するために必要なのは、『過去』を探ること?」と、理解が一気に進みました。
それから、カウンセリングのテキストに記載されていた、アメリカ由来の「フォーカシング」というセラピーを練習していたとき、突然フォーカシングをベースにしたある「セラピー」が降りてきました。
開発にかかった正確な時間は分かりませんが、とにかく数秒のうちに、あれよあれよという間にセラピーのやり方がひらめいてきました。自分に何が起きたのか分からず、しばらく呆然としていたのを覚えています。
そして、その「セラピー」を用いてあがり症の原因を探ったところ、ある「過去」がパッとよみがえったのです。
それは、小学1年生の頃に、見ず知らずの上級生女子2人組から下校途中に突然取り囲まれて、因縁をつけられた悲しい事件の記憶でした。
私の脳は、そのときに因縁をつけてきた上級生女子2人組の視線と、発表会の会場に集まる観客達の視線とをオーバーラップさせました。そして、「危ないから、逃げろ!」という指令を出していたのです。
ここから、私のあがり症の原因である「過去」をひもとく作業が一気に進みました。その「セラピー」をやればやるほど、私の脳はまた別の「過去」を思い出し、私に原因を教えてくれたのです。
【第3章:4年間の実験と克服】自分を実験台にして生まれたメソッド
その「セラピー」は、初めて体験していただいた方の感想の言葉ー「こんなに簡単なのに?まるで、『魔法にかけられたみたいに』トラウマが消えたわ」にちなんで、マジックセラピーと名付けました。
「観客の視線が怖くてたまらないのは、小学1年生の頃の『上級生女子2人組因縁事件』のせい」「だから、その時に感じた恐怖や悲しみ、怒りを癒せばいい」という理論に基づき、トラウマを癒す度に、次の発表会では観客達の視線に恐怖を感じなくなりました。
でも、まだ完全ではない。まだなにか「原因」があるような気がするーそう思ってマジックセラピーを使うと、さらに別の原因ー「担任教師暴力事件」を思い出しました。
小学4年生のとき、担任教師が宿題を忘れた私に激高しました。そして、クラス中のみんなが見守る中、私の髪の毛をつかんで教壇を引きずり回すという、悪夢のような事件がありました。これが私の視線恐怖症の「本丸」ともいえる原因だったのです。
そして、この事件で感じた様々な感情ー悲しみ、怒り、恐怖、みじめさ、くやしさなどをマジックセラピーで癒したところ、ついに私は観客達の視線に「全く」恐怖を感じなくなりました。
2011年
その次の発表会では、会場中の観客達の視線を受け止めることができたのですー一切の恐怖なしに。
それから、4年かけてマジックセラピーを繰り返すうちに、徐々にあがり症の症状は治まっていきました。あがり症の原因の「ラスボス」は、「いつも完璧でないと、私は誰からも愛されない」という恐怖でした。
この恐怖もマジックセラピーで癒したところ、ついに私のあがり症の諸症状と、発声時頸部ジストニアもすべて消え去ったのです。
ステージに立っても、汗も出ないし激しい動悸もしない、強い不安や恐怖もないし、声もかすれないし、手足もガクガクブルブル震えないーという、他の人からみれば「普通」の状態になれたことに、信じられない気持ちでいっぱいでした。
2012年
2012年の発表会はサントリーホールの小ホールという、素人の私からすればまさに「晴れ舞台」で歌う事になりました。曲は大好きなサラ・ブライトマンの「Time to say Goodbye」。
ステージ上では「普通」の私が「普通」に歌っていました。そして、歌いながら「普通」になれたことに喜びをかみしめていました。4年前の私はステージ上で大爆死していたなんて、誰が想像できるでしょう?
4年という長い年月をかけて、やっと私は「普通」になれたのです。
【第4章:これからの使命】次は、あなたの「心の調律」をする番
その後、あがり症がぶり返しそうになったこともありましたが、その原因となった思い込みも癒したところ、完全にあがり症を克服することができるようになりました。
あがり症との長い闘いを終えてついに勝利を収めた私は、ふと「これから、どうしよう?」と考えました。
マジックセラピーを使ってあがり症の原因となった過去のトラウマを夢中になって癒す日々が終わった後、「この素晴らしいセラピーを私だけのものにしておくのは、もったいないんじゃないか?」と、自問自答するようになったのです。
そうは言っても、「あがり症やフォーカル・ジストニアに苦しんでいる人たちのために活動するなんて、私にできるだろうか?」と、逡巡する日々が続きました。
SNSやブログを発信するなんてやったことないし、そんなにすぐ結果なんて出る訳ないし、その前に息切れして辞めちゃうんじゃないかーなんて、「考えても仕方のないこと」をグルグルと思い悩んでいたのです。
それでも、頑張ってこのサイトをオープンし、慣れないブログを始め、地味ながら活動を続けるうちに、音楽家さんがカウンセリングの依頼をしてくださるようになりました。
あるとき、フォーカル・ジストニアに悩む音楽家さんからお話を伺っていました。すると、その方が大粒の涙をボロボロこぼしながら、「今まで、誰にもこの苦しみを打ち明けることができなかった」「誰にも言えなかった苦しみを理解してくれる人に、やっと出会えた」と、告白されました。
素人の私でも散々悩んで苦しんだあがり症や発声時頸部ジストニアですが、プロの音楽家なら、その悩みや苦しみは素人の私より、もっと深刻なはずです。それまでの私は、あがり症やフォーカルジストニアの症状を消すことだけを考えていました。
それも大事だけど、音楽家さんだって、音楽家である前に「一人の人間」なんだ。彼らの悩みや苦しみに耳を傾けてあげるのも、治療のうちなんだーと、気付かされました。
音楽家さんの涙を見ながら、そのときようやく、私の中で「こころが決まった」気がしました。
おそらく、何年も足踏み状態だったときの私は、「自分には、他人の人生に責任を持つことなんてできない」という恐怖があったのだと思います。自信が無いから、言い訳をしていたんだと気が付きました。
今だって、「あなたの人生に責任を持ちます」なんて無責任なことを言うつもりはありません。
でも、9年も苦しんで、もがき続けた私なら、あなたの痛みが誰よりも分かります。9年もかかった私だからこそ、あなたを最短ルートでステージの笑顔へ導けます。楽器をメンテナンスするように、私と一緒に心の調律を始めませんか?
「私も辛い気持ちを吐き出したい・・・」
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「あがり症の治し方」
